なぜ体に油をためるの?バラムツの深海でのフシギなエネルギー貯蔵術
深海のフシギな魚、バラムツ
私たちが暮らす光の届く浅い海とは違い、深海は真っ暗で、水圧も高く、とても冷たい、生きものにとって厳しい環境です。そして何より、食べものがとっても少ない場所でもあります。
そんな過酷な深海に生きるフシギな魚のひとつに、「バラムツ」という魚がいます。バラムツは成長すると2メートル近くにもなる大きな魚で、するどい歯を持って他の魚などを捕らえて食べています。
このバラムツ、実は体の半分近くが「油」でできていると言われるほど、たくさんの油を体に蓄えていることが知られています。まるで油のかたまりのような体、想像するとなんだか不思議ですね。
なぜバラムツは、こんなにもたくさんの油を体にためているのでしょうか?それは、深海という特別な環境で生き抜くための、驚くべき「適応進化」の結果なのです。
食べものがない深海で生き残るには?
深海は、地上や浅い海のように太陽の光で植物プランクトンが育つことがありません。食べもののほとんどは、海の表面近くから沈んでくる生物の死骸やフンなどに頼っています。そのため、いつ食べものに出会えるか分からない、とても厳しい食料事情なのです。
バラムツのような大きな魚にとっては、十分な量の食べものを安定して手に入れることは非常に難しいことです。そんな環境で生き残るためには、手に入った食べものを効率よく利用し、エネルギーを無駄なく使う工夫が必要になります。
バラムツがためる油、「ワックスエステル」の役割
バラムツが体に大量に蓄えている油の正体は、「トリグリセリド」という一般的な脂肪ではなく、「ワックスエステル」という種類の油です。このワックスエステルこそが、バラムツの深海での生活を支える大きなカギなのです。
ワックスエステルは、私たちが普段使う食用油などに含まれるトリグリセリドに比べて、分解してエネルギーとして利用するのに時間がかかります。人間がバラムツを食べると、このワックスエステルをうまく消化できずに、お腹を壊してしまうことがあるのはそのためです。
しかし、バラムツにとっては、この「分解されにくい」という性質が深海で生きるのに都合が良いのです。
- 効率的なエネルギー貯蔵: たまにしか手に入らない餌から得たエネルギーを、すぐに使ってしまうのではなく、ワックスエステルの形で体にため込んでおくことができます。これはまるで、いつ来るか分からない次の食事のために、大きな貯金箱にエネルギーを蓄えておくようなものです。必要な時に少しずつ使うことで、食べものがない時期でも長く生き続けることができるのです。
- 体の軽さ(浮力): 油は水よりも軽い性質を持っています。バラムツが体にたくさんのワックスエステルを蓄えていることで、骨や筋肉をあまり発達させなくても、体が軽くなり、深海の中で楽に体を浮かせることができます。これは、少ないエネルギーで泳いだり、じっと獲物を待ち伏せしたりするのにとても有利です。まるで、浮き輪をつけているかのように、少ない力で体を支えているのですね。
このように、バラムツが体にためるワックスエステルは、深海の「食料不足」と「高水圧の中で効率よく体を支える」という課題に対する、素晴らしい適応進化の成果と言えるでしょう。
身近な「油」や「ロウ」から深海を考える
バラムツの体に多いワックスエステルは、ロウ(ワックス)の仲間です。私たちの身の回りにも、様々な「油」や「ロウ」がありますね。例えば、ロウソクのロウは火をつけると燃えて光や熱を出しますし、サラダ油は料理に使われて私たちのエネルギー源になります。
身近な油やロウが、水に浮く性質があるか、熱を加えるとどうなるか、どんなものに溶けるか、などを観察したり調べたりしてみるのも面白いかもしれません。そういった性質が、深海で生きるバラムツの体のフシギな工夫とつながっていると考えると、深海の世界がもっと身近に感じられるかもしれませんね。
まとめ
バラムツが体に大量のワックスエステルを蓄えるのは、食べものが少ない深海でエネルギーを長く保ち、少ない力で体を支えるための驚くべき適応進化です。そのフシギな体は、深海という特別な環境で生き抜くための知恵が詰まっています。
「ふしぎな深海生きもの大ずかん」では、これからも深海生物たちの驚きの適応進化を紹介していきます。彼らのユニークな体のつくりや生き方を知ることで、きっと深海の世界がもっと好きになるはずです。