深海生物はなぜ長生き? ゆっくりの時間で生きるフシギ
深海は「ゆっくりの時間」が流れている?
深海と聞くと、真っ暗で、水圧が高く、食べ物も少ない、生きるのがとても大変な場所というイメージがあるかもしれません。たしかにその通りなのですが、実はそんな厳しい環境で、驚くほど長い年月を生きる深海生物がたくさんいるのです。
例えば、ある種類の深海ザメは、なんと400年以上も生きると言われています。海底に暮らす二枚貝の中にも、500年以上生きた記録を持つものがいます。これは私たち人間の寿命と比べても、ずっとずっと長い時間ですね。
なぜ、過酷な深海で暮らす生きものたちは、このように長生きすることができるのでしょうか?そこには、深海の環境に合わせた体のつくりや生き方の「適応」が関係しています。
低温が時間を遅くするヒミツ
深海のほとんどの場所は、水温が2℃から4℃くらいと、とても低い温度に保たれています。この「低温」こそが、深海生物が長生きできる大きな理由の一つと考えられています。
私たちの体の中で起きている様々な生命活動(食べ物を消化したり、体を動かしたり、成長したりすること)は、すべて化学反応によって行われています。化学反応は、温度が高いほど速く進み、温度が低いほどゆっくり進む性質があります。
深海の生きものも同じです。低い水温のおかげで、体の中の化学反応がゆっくりと進みます。これは、生物の活動全体が「スローモーション」になるようなものです。エネルギーの消費が少なくなり、成長もゆっくりになります。
例えば、もし身近なもので実験するとしたら、同じ食べ物を暖かい場所と冷蔵庫に入れた場所で置いておくと、どちらが長く新鮮さを保てるでしょうか? 冷蔵庫に入れた方が長持ちしますね。これは、低い温度が化学反応(この場合は食べ物を分解する細菌などの活動)を遅くするためです。深海生物の体の中でも、似たようなことが起きていると考えてみてください。
少ない餌でも生き残る「省エネ」適応
深海は、地上の太陽の光が届かないため、植物プランクトンなどが育ちません。そのため、食べ物がとても少ない環境です。
このような環境で生きていくには、少ないエネルギーで活動できる体のつくりや生態が有利になります。多くの深海生物は、エネルギーをあまり使わないように、筋肉や骨を少なくしたり、ゆっくりとしか動かなかったりします。これはまるで、電化製品の「省エネモード」のようなものです。
エネルギー消費が少ないということは、必要な食べ物の量も少なくて済みます。そして、成長や繁殖といった生命活動もゆっくりと行われるため、結果として一生にかかる時間が長くなる、つまり長生きにつながるのです。
「少ない餌でも生きていける?」という記事でも紹介しましたが、深海生物は厳しい食料事情に適応しています。長寿もまた、その究極の適応の一つと言えるでしょう。
長生きは深海サバイバルの戦略
深海で長生きすることは、その生物にとってどんなメリットがあるのでしょうか?
一つには、繁殖のチャンスが増えることが考えられます。深海では獲物を見つけるのも、仲間と出会うのも大変です。長く生きることで、子孫を残す機会をより多く得られる可能性があります。
また、ゆっくり成長することで、体が大きくなる種類の生物もいます(「深海巨大症」にも関連するかもしれませんね)。体が大きいことは、敵から身を守ったり、より大きな獲物を捕まえたりするのに有利に働くことがあります。
もちろん、すべて深海生物が長生きなわけではありません。短い一生の中で素早く子孫を残す戦略をとる生物もいます。しかし、低温と少ない餌という環境で「ゆっくりの時間」に適応した生物たちは、長寿というユニークな生き方を手に入れたのです。
ゆっくりの時間の中で進化してきた生きものたち
深海生物の長寿は、私たちが普段暮らす環境とは全く異なる時間感覚の中で生きていることを教えてくれます。低温による代謝の低下や、少ないエネルギーで効率的に生きるための工夫が重なり、彼らは何百年、何千年という長い時間を深海で過ごすことができるのです。
彼らの驚くべき長寿は、過酷な環境で生き残るための「適応進化」のフシギな結果なのです。深海の生きものたちは、私たちには想像もできないような「ゆっくりの時間」を刻みながら、力強く生きているのですね。