なぜ姿を変える? 深海魚の子どもと大人のフシギな違い
深海魚の「変身」って本当?
深海には、暗闇や高い水圧など、とても厳しい環境に適応したユニークな姿の生きものたちがたくさん暮らしています。「ふしぎな深海生きもの大ずかん」でも、様々な深海魚たちの面白い体のつくりや能力を紹介してきました。
でも、実は深海魚の中には、生まれたばかりの「子ども」(専門的には「幼生(ようせい)」と呼びます)の時と、大人になった「成体(せいたい)」で、まるで別の生きものかと思うほど姿が違う種類がいるんです。
なぜ深海魚は、大きくなるにつれてそんなにも姿を変える必要があるのでしょうか? それは、彼らが生きる「場所」が大きく変わることに理由があります。
子どもは「お日さまが届く場所」で暮らす?
私たちが見慣れている陸上や、海面近くに住む生きものたちは、子どもも大人も比較的似た姿をしていることが多いですよね。カエルのオタマジャクシからカエルへの変化のように、姿を大きく変える生きものもいますが、魚ではあまりイメージがないかもしれません。
しかし、多くの深海魚の幼生は、深い海の底ではなく、太陽の光が届く海面に近い浅い場所や、中くらいの深さの層で生まれるか、そこでしばらくの期間を過ごすことが知られています。
なぜかというと、浅い海には植物プランクトンがいて、それを食べる動物プランクトンも豊富にいるため、餌がたくさん手に入るからです。まだ小さくて自分で広く餌を探し回るのが難しい幼生にとっては、食べ物が豊富な浅い海は生き延びるのに適した場所なのです。
浅い海での幼生の姿
浅い海で暮らす深海魚の幼生は、深海の親とは違う姿をしています。
- 透明な体: 体を透き通らせることで、捕食者から見えにくくしています。
- 平べったい形: 海流に乗って漂いやすいように、平べったい形をしている幼生もいます。有名な例では、ウナギの仲間の幼生である「レプトケファルス」がいます。柳の葉のようにペラペラで透明な姿は、私たちが知っているニョロニョロしたウナギとは全く違いますね。一部の深海性のウナギの仲間も、このレプトケファルスの時期を浅い海で過ごします。
- 泳ぐためのヒレ: まだ体が小さくても、敵から逃げたり、少し移動したりするために、幼生期にだけ目立つヒレを持つ種類もいます。
このように、深海魚の幼生は、浅い海の環境に適した体で、プランクトンなどを食べて成長する時期を過ごしているのです。
いざ、フシギな「お引越し」と「変身」!
幼生期を終えて、ある程度大きくなると、深海魚たちは本来のすみかである深い海へと移動を始めます。これは、まるで「お引越し」のようなものです。
そして、この深い海へのお引越しに合わせて、彼らの体は劇的に変化します。浅い海で生きるのに適していた体から、これから暮らす深海の環境に耐え、生き抜くための体に「変身」(これを「変態(へんたい)」と呼びます)するのです。
深海への適応による体の変化
深海は、光がほとんど届かない暗闇、何百気圧、何千気圧という高い水圧、そして冷たい水温といった過酷な環境です。さらに、食べ物も浅い海ほど多くありません。このような環境で生きるため、彼らの体には次のような変化が現れます。
- 目の変化: 浅い海では光を感じる必要がありましたが、深海ではわずかな光や生物の発光を捉えるために、目が巨大になったり、特定の方向しか見えない筒状になったりします。例えば、カメノコフウリュウウオの仲間は、幼生の時は横向きの小さな目ですが、深海に移動するにつれて目が上向きの大きな筒状の目に変化します。
- 発光器の発達: 自分で光を出して仲間とコミュニケーションをとったり、餌をおびき寄せたり、敵から身を守ったりするために、発光器が発達する種類が多くいます。幼生期にはなかった発光器が、変態と共に現れることもあります。
- 骨格や筋肉の変化: 高い水圧の中で体を維持するために、骨格が柔らかくなったり、筋肉が少なくなったりします。浅い海にいた時とは、体の硬さや密度が変わるのです。
- 口や歯の変化: 少ない餌を確実に捕らえるために、口が大きく開くようになったり、鋭い歯が発達したりする種類もいます。
これらの変化は、深い海の暗闇で獲物を見つけたり、高い水圧に耐えたり、少ないエネルギーで生き延びたりするための、それぞれの深海魚が進化の中で獲得してきた特別な能力なのです。
なぜ「変身」が必要なの?
深海魚がこのように姿を変えるのは、一生の間で全く異なる環境を生きるためです。
もし深海魚の幼生が生まれた時から深海の姿をしていたら、餌が少ない深海で小さな体では十分な栄養を得られず、光が届かない中で捕食者から逃げるのも難しかったかもしれません。反対に、浅い海で生まれた幼生が深海の姿のままでいたら、高い水圧に耐えられないですし、浅い海の明るさの中では目立ちすぎて敵にすぐに見つかってしまったでしょう。
浅い海で効率よく成長し、栄養を蓄えてから、深海という厳しい世界へとお引越しし、そこで生きるための体にチェンジする。これは、限られた資源と厳しい環境の中で生き残るための、深海魚たちの素晴らしい「適応戦略」なのです。
深海魚のフシギな成長を見てみよう!
深海魚の幼生と成体の姿を見比べてみると、その違いにきっと驚くはずです。それは、それぞれの環境で力強く生きるための体のつくりであり、進化の面白さを感じさせてくれます。
もしかしたら、身近な生きものの中にも、成長するにつれて体のつくりや生き方を変えるものがいるかもしれませんね。カエルやチョウのような昆虫の変態はもちろんですが、例えば川の上流と下流で暮らす魚の体の違いや、日なたと日陰で育つ植物の葉の形の違いなどを観察してみるのも、生きものが環境にどう適応しているかを知る面白いヒントになるかもしれません。
深海魚の「変身」のフシギを知ることで、私たちの周りの自然を見る目も、少し変わってくるのではないでしょうか。