なぜ深海魚には浮き袋がないの?驚きの浮力調整のヒミツ
なぜ深海魚には浮き袋がないの?驚きの浮力調整のヒミツ
光がほとんど届かない、水の圧力がものすごく高い、そして餌も少ない…そんな想像を絶する環境である「深海」。ここに住む生きものたちは、私たちが普段見る海の生きものとは全く違う、フシギな体のつくりや能力を持っています。
浅い海に住む魚の多くは、「浮き袋」という器官を持っています。これは体にガスをためることで、ちょうどいい深さで楽に浮いていられるようにする、いわば「天然の浮き輪」のような役割をしています。浮き袋の中のガスの量を調節することで、魚は海の中を上下に移動することができるのです。
では、深海魚はどうでしょうか?実は、多くの深海魚は、浅い海の魚が持つような「浮き袋」を持っていません。これはなぜなのでしょうか?そして、浮き袋がないのに、どうやってあの深い海の中で浮いたり沈んだりしているのでしょうか?
今回は、深海魚の驚きの「浮力調整」のヒミツに迫ってみましょう。
高い水圧と浮き袋の「困った」関係
深海には、想像もできないほどの高い水圧がかかっています。例えば、水深1000メートルの場所では、1平方センチメートルあたり約100キログラムもの力がかかります。これは、指先に軽自動車1台が乗っているくらいの重さです。
浅い海の魚が持つ浮き袋は、この高い水圧に耐えることができません。もし深海にそのまま持って行ったら、水圧でぺしゃんこにつぶされてしまったり、急激な圧力変化で破裂してしまったりする危険があります。また、水圧が変わると浮き袋の中のガスの体積も大きく変化してしまい、深さによって浮力が不安定になってしまいます。
そのため、深海で生きる多くの魚は、進化の過程で浮き袋を持たなくなったり、全く違う仕組みを持つようになったりしたのです。
浮き袋がなくても大丈夫!深海魚の賢い工夫
では、浮き袋がない深海魚は、どうやって水中で浮力を得ているのでしょうか?彼らは高い水圧の中でもうまく体をコントロールするために、いくつかのユニークな方法を身につけています。
主な方法をいくつかご紹介します。
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体に「軽いもの」をためる 浮力を得るには、体全体の密度を海水より軽くすれば良いのです。深海魚の中には、密度が海水より低い「脂肪(脂質)」や「油」を体のたくさんの場所にため込んでいる種類がいます。まるで体の中に天然の「油の浮き」を持っているようなものです。例えば、バラムツやアブラソコムツといった魚は、筋肉の中にたくさんの油分を蓄えています。 この方法は、高い水圧の影響を受けにくく、エネルギーの貯蔵にも役立つという利点があります。
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骨や筋肉を軽く、少なくする 浅い海の魚のように、硬い骨やしっかりした筋肉がたくさんあると、それだけ体の密度は高くなってしまいます。深海魚の中には、骨格を軟骨にしたり、骨自体を薄くしたり、筋肉量を極端に減らしたりすることで、体全体を軽くしているものが多くいます。 ゼラチン質でプヨプヨした体の深海魚が多いのは、このためです。ゼラチン質の体は密度が低く、高い水圧がかかってもつぶれにくいという特徴もあります。「なぜ深海魚は骨や筋肉が少ない?」という記事でもご紹介した適応は、浮力を得るためにも役立っているのです。
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特定の「化学物質」を体内にためる 体の細胞の中に、トリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)のような特定の化学物質を高い濃度で蓄えることで、体液の密度を調整し、浮力を得ている種類の魚もいます。これらの物質は、高い水圧から体を守る働きも持っていると考えられています。
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底で生活する そもそも、あまり泳がずに海底や海中の決まった深さでじっとしている種類の深海魚もいます。アカグツのようにヒレを使って海底を「歩く」魚や、カサゴの仲間のセトギスのように海底付近に定位する魚などは、強い浮力を必要としません。彼らはその生活スタイルに合わせて、浮き袋を持たなかったり、あっても非常に小さかったりします。
深海魚の「浮く」は、生きるための戦略
深海魚が浮き袋を持たないこと、そして様々な方法で浮力を調整していることは、彼らが過酷な深海という環境で生き抜くための、素晴らしい「適応進化」の結果です。
浅い海での「浮き袋で楽に浮く」という方法が使えない代わりに、体に油をためたり、体を軽くしたり、特定の場所に留まったりと、それぞれの種類の深海魚が独自の工夫を凝らしているのです。これは、餌を探したり、敵から逃げたり、効率よくエネルギーを使ったりするために、最も適した方法を選んだ結果と言えます。
深海魚たちの「浮き沈み」は、単に水に浮くというだけでなく、彼らが深海でどのように生きているか、という「生きる戦略」そのものなのです。
次に深海魚の図鑑などを見る機会があったら、その体の形や質感に注目してみてください。「この魚は、どんな方法で深海を漂っているんだろう?」と想像してみると、また新しい発見があるかもしれません。例えば、ゼラチン質の魚を見たら「骨や筋肉が少ないから浮きやすいんだな」、見た目が硬そうな魚でもお腹がプックリしていたら「体に油をためているのかな?」などと考えてみるのも面白いですね。
圧力と浮力の関係は、ペットボトルを水中に沈めたり引き上げたりすると、空気の量が変わる様子など、身近な現象でも少し感じることができます。もし興味があれば、水の入ったペットボトル(キャップをしっかり閉める)や、口を縛った風船などを水槽やバケツに入れて、沈めた時の様子を観察してみるのも、深海の圧力を考えるヒントになるかもしれません。